曖昧な見積もりの中で、自分で考え創ること

長子、近所の公立中学校1年生です。
毎年9月終わりに文化祭というものがあるそうで、最近はその準備に追われています。
1年生は合唱、2年生はダンス、3年生は劇・・・なのだそうです。
それだけならば良いのですが、その日に飾る展示品を作製するという課題があります。
一応、全員参加での作業らしいのですが、個人の都合や先生の指示で、偏りがあるのは容易に想像できます。
長子は、よく分からないけれど大物の工作をするように先生に言われました。
(先生は、「自分で言ってくれた」とおっしゃってましたが、本人の心象はかなり違うと思います。)
その大物の制作にあたって、ざっくりとしたデザインやイメージはあるのでしょうが、
先生の指示に従って実際に現物を作るとなると難しい局面が多々あるようです。
長子は、それらを克服すべく”開発”しながら取り組み、毎日「疲れた・・・頭を使いすぎて疲れた・・・。」とぼやいています。
また、世の中は自分にきっちりとした課題を与えてくれるものではない、世間は公平ではない、先生や大人は適当な見積もりしか言わないくせに正解を知らない、
ということを体感するという意味では、一見無駄な作業のように思えますが・・・・良い時間なのかもしれないです。https://www.zometool.me/entry5.html